10月14日
こんばんは。主務の田中優作(政4 慶應義塾 写真下真ん中)と申します。
遂にラストブログリレーも私含めてあと3人となりました。
私を紹介頂いた裕哉(山本裕哉 経4 慶應義塾)とは入部当初から数え切れない小競り合いをして5分後には仲直りするという行為を繰り返し、その度に同期に笑われましたが、今はいつも一緒に行動してる仲です。
気持ち悪いくらい一緒に行動してます。こちらも喧嘩するほど仲が良い、ってことですね。
本日は日吉台でのラスト練習でした。あっという間にこの瞬間が来てしまいました。4年間毎日のようにこの場所に通ったことを考えると感慨深く、寂しい思いでいっぱいです。またいつかこの場所で同期全員で野球できる日が来ればと思います。
さて、ラストブログは私も主務の活動を中心とした自身を振り返りたいと思います。
3年前の春、後輩はもちろん同期さえ知らないと思いますが、私は強肩サードとして入部しました。
当時、嶋川コーチ、渋田夏基さん(H27卒)や伊勢大輝さん(H28卒)にも
「お前のスローやばいな」
って言って頂けるほどのものでした。
平本洋文元主将(H26卒)にピッチャーやれよとも言われました。
こんなに褒められたら調子に乗りまくりますね、2秒で肩を壊しました。
そしてここからは同期後輩共に重々ご存知の私の練習スタイルが構築されました。
キャッチボールはグラウンドの隅で勁介(渡邊勁介 商4 慶應義塾志木)と共にチューブと戯れ、
キャッチボールやったとしても塁間まで。
内野ノックでは必ず偽投。
池田卓也先輩(H26卒)からは偽投王子とも呼ばれました。
私=偽投でした。完全に。
ものまね芸人、潮田(政4 慶應義塾志木)にも抜けなく真似されました。
幸い自分はバッティングの方で評価して頂いていたようで、DHや代打として試合にもそこそこ出して頂いてましたが何か物足りませんでした。
「自分はチームに対して何かできてんのかな。」
肩の怪我が治る見込みがなく、
守備は無理、
バッティングしかできない私は毎日のようにそう感じていました。もどかしかった。
そこで出会ったのが主務をはじめとする運営スタッフというポジションでした。
先輩から勧められたし、選手兼任でできるし、やってみるか。
そんな感じで務めることとなった六大学連盟の学生委員。
プレーで活躍する気で入部した私にとってなかなかに渋さがありました。
運営スタッフなんてどうせ裏方。地味。何が楽しいんだろう。
そう思ってました。
いざやってみるとやはりなかなかに大変でした。
他の同期がオフで街へ繰り出している中、
私は片道2時間かけてリーグ戦会場へ挨拶回りや仕事をしに行くことも幾度とありました。
でもとてもやりがいを持てました。
そして何と言ってもチームの力になれてる気がした。
居場所を見つけられた。
運営スタッフという立場は地味で表に出てきません。
ちやほやもされません。
でもそれでも構わないです。
チームが勝つために努力をするのはプレイヤーと何も変わらないと思います。
私はこの仕事に誇りを持っています。
私はそんな4年間の連盟学生委員や主務という立場でプレイヤーとしては決してできない経験をすることができたと思います。
新たな人脈を作ることもできました。
当時私を同期の中から引き抜き、きっかけをくれた山村俊揮さん(H27卒)には本当に感謝しています。ありがとうございました。
「例え道を間違えても、考え方次第でそれを正解にすることができる」
肩が健全だった頃の私に戻って、投すぎんなよ、壊すぞ。と言ってやりたい。
あの頃に戻ってやり直したい。
何度もそう思ったことがありました。
しかし、間違えた過去は変えることができません。戻ることもできません。
だったらその間違えた過去を正解にしてやればいいのです。
肩を壊すという一見ネガティブな過去のお陰で私は、運営スタッフとしてチームを支える決心をし、様々な経験ができました。
肩を壊していなければきっとこんな経験できなかったわけです。
肩を壊したお陰で今の自分があるのです。
ネガティブな過去が自分の中でポジティブな過去になりました。正解になりました。
今は後悔も何もありません。
例え道を間違えても、それを正解に変えてやればいいのです。
話は変わりますが、私はそんな4年間をたくさんの仲間に囲まれ、支えられて過ごしました。頼りにしてました。
ちょっとケアられてるような気がする1年たち
なんかちょっと俺らの代と雰囲気似てる2年たち
生意気で、わいさわいさとニヤニヤ擦り寄ってくる(主に田口(商3 慶應義塾)、油科(環3 川和)、嶋内(政3 慶應義塾))3年たち
いじられ倒し、いじり倒す同期たち
また、学生スタッフ陣にも後半1年間は本当にお世話になりました。
チームで1番チームのことを考えてる熱い男で、今でも小競り合いばっかだけど結局仲良い裕哉
人をいじるのが大好きで、ニヤニヤしてしかいない大脇(政4 慶應義塾志木)
タメ語しか使ってこないけど頼りになる中濱(政3 慶應義塾)
機械大好きな新楽(理2 浦和西)
しっぽぶんぶん振ってついてくる祥輝(文2 洛星)
熱い思いを持ちつつ、チームのことを冷静に見てくれてる結衣さん(商4 慶應義塾湘南藤沢)
グラウンド隅で楽しそうにしてるけど頼りになる後輩女子マネージャー陣
また、主将の猪砂(政4 立命館宇治)には頭が上がりません。
主将として野球に力を注ぎ、二刀流をこなす中、運営面でもスタッフ陣と力を合わせてチームを引っ張ってくれました。
本当にありがとう。
彼との出会いは入学前の3月でしたがこんなデキ男になるとは思いませんでした。
美味しいものをお土産に家に遊びに行くといつも嬉しそうな顔をするので、今度久しぶりに遊びに行って餌付けでもしようかと思います。
そのほかにも思い入れのある人がたくさんいますが、これくらいにしておきます。
この4年間とても楽しかった、みんな本当にありがとう。
是非後輩たちには仲間を大切にして欲しいと思います。
誰にも頼らずに生きていける人間なんていません。
仲間の存在を当たり前にすることなく、共に闘う仲間を常に大切にしてください。
OBの方には様々な経験をさせて頂き、自身を成長させて頂き、感謝しております。
特に荘村要信(S38卒)さん、山田善則(S44卒)さんには感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。
そして両親。これは直接伝えようと思います。
長くなってしまいました。
ここらで締めて次にバトンを渡したいと思います。
次回のラストブログリレーは副将の岡村雄太(経4 慶應義塾)です。
特に彼には思い入れが強く、彼とは普通部、塾高そして大学と10年間も部活の同期として過ごしています。
そんな彼は今、代走を中心に試合で活躍しています。
この秋季リーグも彼の一打で試合が決まったことがありました。彼が活躍してくれて本当に嬉しいです。
今週末の慶早戦でもグラウンド内で暴れまわってください。
岡村、野田の高校同期3人組でラストカード共にベンチに入ることはできませんでしたが、野球人生の集大成を、勝ちそして優勝で締めたいと思います。
それでは。
All's Well That Ends Well
4年 田中優作
遂にラストブログリレーも私含めてあと3人となりました。
私を紹介頂いた裕哉(山本裕哉 経4 慶應義塾)とは入部当初から数え切れない小競り合いをして5分後には仲直りするという行為を繰り返し、その度に同期に笑われましたが、今はいつも一緒に行動してる仲です。
気持ち悪いくらい一緒に行動してます。こちらも喧嘩するほど仲が良い、ってことですね。
本日は日吉台でのラスト練習でした。あっという間にこの瞬間が来てしまいました。4年間毎日のようにこの場所に通ったことを考えると感慨深く、寂しい思いでいっぱいです。またいつかこの場所で同期全員で野球できる日が来ればと思います。
さて、ラストブログは私も主務の活動を中心とした自身を振り返りたいと思います。
3年前の春、後輩はもちろん同期さえ知らないと思いますが、私は強肩サードとして入部しました。
当時、嶋川コーチ、渋田夏基さん(H27卒)や伊勢大輝さん(H28卒)にも
「お前のスローやばいな」
って言って頂けるほどのものでした。
平本洋文元主将(H26卒)にピッチャーやれよとも言われました。
こんなに褒められたら調子に乗りまくりますね、2秒で肩を壊しました。
そしてここからは同期後輩共に重々ご存知の私の練習スタイルが構築されました。
キャッチボールはグラウンドの隅で勁介(渡邊勁介 商4 慶應義塾志木)と共にチューブと戯れ、
キャッチボールやったとしても塁間まで。
内野ノックでは必ず偽投。
池田卓也先輩(H26卒)からは偽投王子とも呼ばれました。
私=偽投でした。完全に。
ものまね芸人、潮田(政4 慶應義塾志木)にも抜けなく真似されました。
幸い自分はバッティングの方で評価して頂いていたようで、DHや代打として試合にもそこそこ出して頂いてましたが何か物足りませんでした。
「自分はチームに対して何かできてんのかな。」
肩の怪我が治る見込みがなく、
守備は無理、
バッティングしかできない私は毎日のようにそう感じていました。もどかしかった。
そこで出会ったのが主務をはじめとする運営スタッフというポジションでした。
先輩から勧められたし、選手兼任でできるし、やってみるか。
そんな感じで務めることとなった六大学連盟の学生委員。
プレーで活躍する気で入部した私にとってなかなかに渋さがありました。
運営スタッフなんてどうせ裏方。地味。何が楽しいんだろう。
そう思ってました。
いざやってみるとやはりなかなかに大変でした。
他の同期がオフで街へ繰り出している中、
私は片道2時間かけてリーグ戦会場へ挨拶回りや仕事をしに行くことも幾度とありました。
でもとてもやりがいを持てました。
そして何と言ってもチームの力になれてる気がした。
居場所を見つけられた。
運営スタッフという立場は地味で表に出てきません。
ちやほやもされません。
でもそれでも構わないです。
チームが勝つために努力をするのはプレイヤーと何も変わらないと思います。
私はこの仕事に誇りを持っています。
私はそんな4年間の連盟学生委員や主務という立場でプレイヤーとしては決してできない経験をすることができたと思います。
新たな人脈を作ることもできました。
当時私を同期の中から引き抜き、きっかけをくれた山村俊揮さん(H27卒)には本当に感謝しています。ありがとうございました。
「例え道を間違えても、考え方次第でそれを正解にすることができる」
肩が健全だった頃の私に戻って、投すぎんなよ、壊すぞ。と言ってやりたい。
あの頃に戻ってやり直したい。
何度もそう思ったことがありました。
しかし、間違えた過去は変えることができません。戻ることもできません。
だったらその間違えた過去を正解にしてやればいいのです。
肩を壊すという一見ネガティブな過去のお陰で私は、運営スタッフとしてチームを支える決心をし、様々な経験ができました。
肩を壊していなければきっとこんな経験できなかったわけです。
肩を壊したお陰で今の自分があるのです。
ネガティブな過去が自分の中でポジティブな過去になりました。正解になりました。
今は後悔も何もありません。
例え道を間違えても、それを正解に変えてやればいいのです。
話は変わりますが、私はそんな4年間をたくさんの仲間に囲まれ、支えられて過ごしました。頼りにしてました。
ちょっとケアられてるような気がする1年たち
なんかちょっと俺らの代と雰囲気似てる2年たち
生意気で、わいさわいさとニヤニヤ擦り寄ってくる(主に田口(商3 慶應義塾)、油科(環3 川和)、嶋内(政3 慶應義塾))3年たち
いじられ倒し、いじり倒す同期たち
また、学生スタッフ陣にも後半1年間は本当にお世話になりました。
チームで1番チームのことを考えてる熱い男で、今でも小競り合いばっかだけど結局仲良い裕哉
人をいじるのが大好きで、ニヤニヤしてしかいない大脇(政4 慶應義塾志木)
タメ語しか使ってこないけど頼りになる中濱(政3 慶應義塾)
機械大好きな新楽(理2 浦和西)
しっぽぶんぶん振ってついてくる祥輝(文2 洛星)
熱い思いを持ちつつ、チームのことを冷静に見てくれてる結衣さん(商4 慶應義塾湘南藤沢)
グラウンド隅で楽しそうにしてるけど頼りになる後輩女子マネージャー陣
また、主将の猪砂(政4 立命館宇治)には頭が上がりません。
主将として野球に力を注ぎ、二刀流をこなす中、運営面でもスタッフ陣と力を合わせてチームを引っ張ってくれました。
本当にありがとう。
彼との出会いは入学前の3月でしたがこんなデキ男になるとは思いませんでした。
美味しいものをお土産に家に遊びに行くといつも嬉しそうな顔をするので、今度久しぶりに遊びに行って餌付けでもしようかと思います。
そのほかにも思い入れのある人がたくさんいますが、これくらいにしておきます。
この4年間とても楽しかった、みんな本当にありがとう。
是非後輩たちには仲間を大切にして欲しいと思います。
誰にも頼らずに生きていける人間なんていません。
仲間の存在を当たり前にすることなく、共に闘う仲間を常に大切にしてください。
OBの方には様々な経験をさせて頂き、自身を成長させて頂き、感謝しております。
特に荘村要信(S38卒)さん、山田善則(S44卒)さんには感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。
そして両親。これは直接伝えようと思います。
長くなってしまいました。
ここらで締めて次にバトンを渡したいと思います。
次回のラストブログリレーは副将の岡村雄太(経4 慶應義塾)です。
特に彼には思い入れが強く、彼とは普通部、塾高そして大学と10年間も部活の同期として過ごしています。
そんな彼は今、代走を中心に試合で活躍しています。
この秋季リーグも彼の一打で試合が決まったことがありました。彼が活躍してくれて本当に嬉しいです。
今週末の慶早戦でもグラウンド内で暴れまわってください。
岡村、野田の高校同期3人組でラストカード共にベンチに入ることはできませんでしたが、野球人生の集大成を、勝ちそして優勝で締めたいと思います。
それでは。
All's Well That Ends Well
4年 田中優作